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にっき

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2012-03-11 M本の似非エッセイ(第1回)

_ エッセイについて

エッセイとは、主に以下のような文章を指す。

『形式にとらわれず、個人的観点から物事を論じた散文。また、意の趣くままに感想・見聞などをまとめた文章』(byはてなキーワード)

どうして僕がエッセイを書こうかと思ったのかというと、なんだか突然そんな気分になったからである。

去年一年間、あまりにもブログ係としての仕事をうやむやにしてきたことを反省しつつ、これからは日々生きていて思うことをつらつらとここに書き記していきたいと思う。

ブログにエッセイなんて載せてもいいのか、しかも個人ではなく研究室のブログに、と思う人もいるかもしれないが、そんなことはたいした問題ではない。私的利用万歳なのである。

とはいえ、数人以上から苦情なり訴訟なりが来てしまうようなことが万が一にでもあれば、すぐに取りやめるつもりではあるが。

_ 英語について

現在、大学生全体は春休み真っ只中であるが、僕は研究室に入りびたり、せっせと英語の論文をしたためている。

最初の内は「英語の論文なんて僕に書けるのだろうか」という一抹の不安を覚えていたのだが、案外始めてみると面白く、思ったよりも順調に筆が進んだ。

パソコンに向かって何時間も英作文をしていると、なんだか懐かしい気分になってくる。僕は高校生の頃、英語の先生に誘われ、英語ディベートをしていた時期があった。ディベートというのは、あるテーマに対して賛成派か反対派に分かれ(そのどちらになるかはランダムに決まる)、おおざっぱに言えば「相手を言い負かした方が勝ち」という、一種の頭脳スポーツである。

しかし、反駁や主張をすべて空で暗記したりその場でひねり出したりするのはネイティブジャパニーズの僕たちには不可能なので、当然最初から原稿を作っていくことになる。賛成反対両方の意見を羅列し、考えられるすべての反駁を考え、それらを英作文しなければならないのだ。先生から「はいこれやって」「はいこれ訳して」と笑顔で渡されるA4用紙の数々に僕たちが身震いするほど恐怖していたのは、ここに書くまでもない。なんだか普通の日本語がまるで外国語のように聞こえ始め、いよいよまずいと思えてしまうことも度々あった。

しかし正直なところ、英語ディベートをやっていた時が一番、自分の英語スキル(Reading・Listening・Writing・Speaking)がまんべんなく高かった時期だったと思う。

最終的には、全国大会まで進み、その三回戦で当たった相手が悪すぎて負けた。なんとその時の相手は、一切原稿を用意せず、主張も反駁もすべて自分の頭の中から導き出して答えていたのだ! そんなスーパー高校生(もちろん日本人)に、もとから用意した原稿をせっせと選び出し、それらしく読み上げるだけ僕たちが勝てるはずもなかった。僕はこの勝負を通じて、やはり英語は言語なのだということを再認識した。

大会の後、参加した高校生たちが集まってパーティーみたいなものが開かれたのだが、あちこちで流暢な英会話が飛び交い、外国人も日本人もやけに楽しげに話をしていた。僕もあの輪の中に入りたいなあ、と思いながらも、自分のしっちゃかめっちゃかな英会話をネイティブに聞かせるのがどうにも気恥ずかしく、結局同じ高校の戦友たちと一緒にローストビーフを食べあさるだけで、いつの間にかパーティーは終わっていた。

その屈辱を、いつか国際学会で晴らすことができる日は来るのだろうか。

_ クレヨンしんちゃんについて

この前ローソンに入って肉まんを買い、外に出ようとしたところで、あるポスターが僕の目に入った。そのポスターに書かれていたものは、言わずと知れた国民的アニメ『クレヨンしんちゃん』の新作映画情報だった。

その瞬間、今年もまたこの時期が来たんだな、となんだか感慨深い気持ちになった。

僕は映画をそこそこ観る人間である。しかしだからといって、梅田のTOHOシネマズに足繁く通っているというわけではない。もちろん通いたいのは山々なのだが、映画館で映画を観ると2000円近い金がぽーんと吹き飛んでしまうので、とりあえず貧乏な学生の内はなるべく映画館に行くのは控えるようにしているのだ。

しかし、そんなケチんぼ全開な人間でも、毎年欠かさず映画館で観る映画があった。

それが『クレヨンしんちゃん』シリーズである。

僕は今まで、新しいのも古いのも、洋画も邦画も含め、結構な数の映画を金曜ロードショーやツタヤで借りて観てきた。もし自分が「その中で今のところ最高傑作は何か?」と誰かに訊ねられたら、僕は何の迷いもなく『クレしんのオトナ帝国』と答えるだろう。

僕が初めて『オトナ帝国』を観たのは、確か中学生の頃だった。細かいストーリーが知りたい人はまた後ほど検索していただければいいのだが、結果から言うと、僕は泣いた。ウルッと来たとか、涙腺が緩んだとか、そんな生っちょろい表現ではなく、もうめちゃくちゃに泣いた。たった二時間にも満たない映画を観て、これだけ心の底から感動したのは、僕にとってこの作品が初めてだった。ちなみに僕はこの作品を、中学生で2回、高校生で2回、大学生で1回の計5回観返しているが、その5回ともすべて泣いた。ちょっと胡散臭いかもしれないが、紛れもない事実である。

こんなことがあってから、僕はクレヨンしんちゃんをただのお下品な子ども向けアニメとして捉えることができなくなった(もともと原作の漫画は、大人向けの漫画雑誌に連載されていたものである)。テレビアニメの方は完全にコメディと割り切っているため別物だが、ほとんどすべてのクレしんの映画には家族愛があり、友情があり、そして成長がある。

今のところ、個人的に『オトナ帝国』を超えるクレしん映画にはまだ出会っていない。しかし、いつの日か出会えることを夢見て――幼い子どもたちの笑い声の中、僕一人が映画館で号泣することを夢見て――今年もまた、TOHOシネマズに足を運ぶことになるのだろう。

_ ※3月12日追記

この誰が得するのかよく分からないエッセイ、月1〜2回の更新でこれから続けていこうと思う。とりあえずは、ネタが尽きてしまうまで。

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